REPORT
ローンチイベント レポート
2019.07.11
ARCH-ABLE のアーカイブサイトに公開伴い、2019年5月31日 Techshop Tokyoにてローンチイベントが開催された。
2013年から2015年にかけて「情報と物質とそのあいだ」をテーマにマテリアライジング展を手がけた建築・美術研究家の砂山太一氏をモデレータとして迎え、今回作品をアーカイブした事務所より長坂常 氏(スキーマ建築計画)、酒井裕介 氏(ノイズ)、吉村靖孝 氏(早稲田大学 吉村靖孝研究室)、大野資友 氏(ドミノアーキテクツ)、能作淳平 氏(ノウサクジュンペイアーキテクツ)、塚越智之、宮下淳平(以上、塚越宮下設計)が登壇し、公開作品から見えてくるARCH-ABLEのこれからについて議論をおこなった。
公開作品の背景とビジョン
イベントの前半では、 各事務所より 今回アーカイブした作品の紹介が行われた。
スキーマ建築計画は家庭にあるコンセントのプラグが金物のようになり、ブラケット照明や洋服掛け、歯ブラシ立てなど様々な機能とコネクトするパーツPLUGをアーカイブした。“家の中にあるコンセントプラグを利用し、様々な機能を加えてもらいたい”と長坂氏は語る。
コンセントプラグをハックするデザインのデータが公開されることで、至るところに存在するコンセントが家具の一部に見えてくる。またコンセントを家具のジョイントとして扱う内装設計のイメージさえ湧き、設計者のコンセントの扱いまで書き換えてしまう作品なのかも知れない。
ノイズはそれ自体では自立しないものを束ねることで構造的に成り立たせるということを様々な素材をつかって検討してきていて、その一環で生まれた Chrunch Chairs をアーカイブした。合板フレームにアクリルパイプが隙間なく敷き詰められていて、サークルパッキングの条件を満たせば原理的に様々な形状をつくることができる。“データをパラメトリックに変形させることで、その人の体形に合わせて椅子の形状を変えられるシステムをつくっていきたい”と酒井氏はこの作品のビジョンを語る。
“デジタルファブリケーションによって、少品種大量生産から多品種少量生産になってきていると言うものの、一品ものをつくりだすまでには至っていないのではないか” 吉村氏はデジタルファブリケーションを利用したデザインの現状を分析する。
そこでデータとしては均質だが、製作の過程に偶然性や素材の固有性を取り込み、一品ものを得られるデジタル加工機器の新しい使い方を提案する。その実践として、吉村靖孝研究室は大量生産されている均質なワンルームマンション= one room を一品ものの部屋 one (off) roomに変えるべく、照明やカーテン、壁面を一品ものにアップデートするone(off)shade、one(off)curtain、one(off)wallという作品をアーカイブした。
ドミノアーキテクツは3Dでデザインする際、頻繁に使用する標準的なソケットや金物等の3DデータをまとめたデジタルホームセンターBABELをアーカイブした。今後の様々なデータを追加し拡張していけるよう、ボルヘスの小説「バベルの図書館」を参照し、六角形の部屋がどこまでも続いていく構成になっている。“ユーザーは3D上の空間を移動しながら金物同士を比較検討したり、思いもしなかった金物との偶然の出会いを生むことができる”と大野氏はその意義を語る。
一方ノウサクジュンペイアーキテクツは、離島でゲストハウスをつくる実際のプロジェクトを切っ掛けに考えた治具さんかくアングルをアーカイブした。
“離島にはプレカット工場がないため、木材を一度本島に送り加工後に送り返さなければならず、結果として地域の素材や技術を利用しづらくなっている” 能作氏は離島での生産の問題を指摘する。
そこでプレカット無しに2本の柱で梁を挟み込んでつくる軸組を考えたと言う。この場合屋根勾配を調整するのが難しいことから、三辺がそれぞれ一般的な緩勾配、ソーラーパネルに適した勾配、金勾配の角度に対応する三角形の治具として考えられた。
さんかくアングル
塚越宮下設計は再現性のハードルを下げるため、近年増々安価となり普及しつつある、家庭用のデスクトッププリンターと身の回りにある素材をつかったデザインに可能性を見いだし、OCTAとゆるシェルフの2つをアーカイブした。
OCTAは3Dプリントしたジョイントで60角の木材を繋いでできる8面体のユニット家具。
“このデータを公開することで、現在日本に4582箇あるという製材所というインフラを活かし、地域の木材で身の回りのものをまかなえる環境をつくれないか” 塚越はそのビジョンを語る。
また建物や家具に必ずといってあらわれる接合部が、安全性や汎用性といった観点から現状では過剰に設計される傾向に注目し、弱いことで得られる質や佇まいといった、デザインのデータ配信だからこそ扱える質をゆるシェルフでは問題にしている。
キックオフイベントでは、データとしてデザインを流通させることで設計/生産/消費の分離が再編されたとき<建築家が担うべき役割は何か>、また<デザインをデータとして流通させるからこそできることは何か>といった議論がなされた。
その視点から今回アーカイブされた作品を眺めてみると、Chrunch Chairsではマスカスタマイゼーションを視野に入れたつくり方のデザインが示されている。構造や構法の問題をスマートに解き、多様なアウトプットを創造させる枠組みのデザインは前者に対するストレートな回答だと言える。
またさんかくアングルやOCTAは、様々な地域が抱える共通の課題に対する処方箋ともなっていて、前者に対するもうひとつのアプローチを示している。
一方で、one(off)roomやBABEL、ゆるシェルフは、それぞれ手元で生産する際生まれる固有性やアンビルド建築の空間体験、弱さが生み出す佇まい等、マスプロダクションのスキームでは取り扱うことができなかった質が扱われ、後者に応えた作品だと位置づけることができる。
そしてPLUGでは、新たな製品をつくることで既存の環境を書き換えてしまうマスプロダクションの特権とでも言えることが一建築家のデザインから生じていて、デザインをデータとして流通させることの強みが存分に発揮されている。
ARCH-ABLEの持続可能性
デジタルファブリケーションを使ってデザインをし、そのデータを公開することで様々な問題を取り扱えるとこを一定の範囲で認める一方、
“デザインを業とする建築家がこのプラットホームにデータをアップするモチベーションは何か、現実的にこのプラットフォームをどう持続していくことができるのか” 砂山氏は問う。
一定期間 Techshop Tokyoの環境を使えることが既にインセンティブとなっていたと吉村氏は応える。今回はアーカイブサイトの立ち上げとして、約半年間 Techshop Tokyoの環境が参加事務所に提供された。
AutodeskのPier9のように、一定期間デザイナーにラボ環境を提供し、そこで生まれたももののデータをストックすることでラボの活用事例を示しつつ、デジタルデザインだからこそ扱える問題へ継続的に取り組んでいくのも選択肢の一つだ。
また、データのダウンロードに対して課金をするのであれば、アーカイブの形式をBIMデータに統一し、BIMの部分的なデザインデータをamazonのように気軽に購入できるもの BIMazon に可能性があるのではないかと吉村氏は加える。
Chrunch Chairs をつくるにはある程度のリテラシーと技術が必要なため、<表示 – 改変禁止 – 非営利>というライセンスが設定されている。
そして“マスカスタマイゼーションを展開していくには、ユーザーインターフェイスが必要で、これをつくるには事業として成立するか慎重に見極めないといけない” 酒井氏はその難しさを語る。
ARCH-ABLEのアーカイブサイトにはビュー数の表示やライク数、ダウンロード数が見れるようになっていることもあり、そうした数字を参考にユーザーの動向を見極めるテストマーケティング場としての活用もあり得るかも知れない。
“世の中のコンセントが様々な家具として使われていくのを他人事のように見てみたかった。そういった事例を見ながら構造や使い勝手の案配を自分たちも教わることができる” 長坂氏は自らの興味を語る。
そうした意図からPLUGには <表示 – 継承 – 非営利> のライセンスが設定されている。キックオフ時にも議論になったように、建築家は一品ものをデザインしそのデータはそのまま埃をかぶっている。そうしたものを公開し、様々な展開の在り方をフィードバックできるのであれば、それは一つのモチベーションとなり得るはずだ。ただしプラットフォームとして、ユーザーからのフィードバックを促す仕組みを備えることが不可欠だと言える。
“アーカイブされたデータを、xRやゲームの分野で利用できないか”塚越はキックオフイベント後のtwitter上でのつぶやきを紹介し、その可能性を語る。また、“最近の漫画家は頻繁に表れるシーンをモデリング、レンダリングし添景の下絵としている”と宮下は言う。
例えばBABELのデータがxRやゲームの世界で活用され利益を生むということが起きてくれば、建築家の活動分野は増々広がっていくはずだ。“建築にはもともとアンビルドという分野もあり、親和性は高いかもしれない” 能作氏もそうした可能性に共感を示している。
議論の終盤には、特定の機材や素材メーカーからの支援を受けてその活用を実践するというやり方はあり得ないかとイベントを観覧していたNPO法人AKITEN代表の及川氏から質問があがった。今回も例えばOCTAは多摩の木材の6次産業化を進める森と市庭の、ゆるシェルフは3Dプリンターのフィラメントメーカー Polymakerの支援を受けてデザインされている。実際にこれらのライセンスはそれぞれ<公開>と<公開-継承>とより緩やかに設定されていて、幅広く利用されることで、最終的に支援者へ利益が還元されることが想定されている。
また、離島での生産の問題を扱ったさんかくアングルや、均質なワンルームマンションを固有のものにしようとする one(off)room も問題を共有する団体から支援を受けて取り組を続けていくこともあり得る。このように、具体的な課題に対するデザインシンクタンクとしてこのプラットホームを発展させていく方法も視野に入れていきたい。
ARCH-ABLEのこれから
昨年の11月にプロジェクトをスタートし、今年の5月、多くの人の支援を経てデータサイトをローンチすることができた。
しかし今回の議論でも話が上がったが、持続可能な枠組みの設定など取り組むべき課題は少なくない。今回のローンチを一時的な盛り上がりとするのではなく、継続的な取り組みとしていけるよう、今後の展開を慎重に考えていきたい。
写真:藤森研伍