2018年11月30日に清澄白河のリトルトーキョーでARCH-ABLEのキックイベントが開催された。会場を埋め尽くすほど多くの人が駆けつけ、11月にも関わらず熱気を帯びた会場はプロジェクトへの関心の高さを表しているようだった。
クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの理事であり、今まで数々のオープン化プロジェクトに携わってきた弁護士の水野祐氏がモデレーターを務め、ARCH-ABLEに参加する 吉村靖孝、大野資友、能作淳平、塚越智之、宮下淳平らと共に密度の濃い議論がおこなわれた。
A RCH-ABLE の意義とその可能性
イベントの前半では、各々の活動を通して考えるARCH-ABLEの意義と可能性について登壇者が考えを示していった。
“特定のクライアントから報酬を得て設計をするのでは、もはや一部の裕福な人にしかデザインを提供することができない” 塚越は厳しい予算設定の結果中止となった都内の住宅改修や、地方における木材や空家活用の相談の経験から、今までのスキームでは対応しきれないシビアな現状について触れ、データを介して不特定多数の人へデザインを提供する建築家と社会の関わりかたの必要性を訴えた。
提供 : 塚越宮下設計
また大野は“木造建築の部材寸法の関係を伝えてきた木割書はプログラミングの先駆けだといえる” と語り、アウトプットよりもデータが重視されるジェネラティブデザインが日本の古典建築にも見いだせることを指摘した。
そしてデジタルファブリケーションで治具をつくり、手仕事と対になって完成した日本橋旧テーラー堀屋改修の経験に触れ、そのデータを改変可能なかたちでアーカイブ•公開することで、普遍性と固有性を両立し得るジェネラティブなものづくりができないかと期待を示した。
木割書 (日本家屋構造 中巻製図篇) : 国立国会図書館デジタルコレクション
”生産地と消費地を近づけることで、近代建築が見過ごしてきた地域素材の固有性を再評価し、新たなヴァナキュラリティを生み出せないか” 能作は地域で手に入る素材を活用して改修をした、 五島でのプロジェクトさんごさんの経験を語り、更にそこへデジタルファブリケーションを導入することへの期待を示した。
提供 : ノウサクジュンペイアーキテクツ
そして最後に吉村は、コンピュータのデータベースとしての側面に興味を示した上で、建築が流通システムに組み込まれたり、情報として配信されることで量産の可能性を獲得し、データベースのような性質を帯びたEX-CONTAINER やCCハウス 等を紹介し、ARCH-ABLEを同じ文脈の上に位置づけようとする意欲を感じさせた。
左 : 吉村靖孝 右 : 水野祐
こうした4者4様のスタンスは、建築家のワークフローの刷新やジェネラティブデザインの建築への応用、新たなヴァナキュラリティの探求、建築家が量の問題に関わることの重要性など、ARCH-ABLEのもつ意義の射程の広さを端的に示しているのではないだろうか。
なぜ建築家達が今オープン化をおこなうのか?
2012年に設立されたオープンソース住宅 wikihouse や、Autodeskの滞在型ワークショップ Pier9でつくりだされたものをアーカイブするinstructables 、 FabLabウェブサイトに設けられたオープンデザインのためのプラットフォームfabble 等、過去の事例にふれた上で“オープンカルチャーが注目されてから時間が経った今、なぜ日本の建築家たちがデータをオープン化するのか、その意義はどこにあるのか” 水野氏から参加者へ問いが投げかけられた。
instructables : https://www.instructables.com/
2016年のTechshop Tokyoのオープン等、昨今日本の建築の現場でも身近にデジタルファブリケーションを利用できるようになったことや、需要が拡大しているリノベーションとの相性が良く 、そうした変化から建築の分野においてもデジタルデータのオープン化が現実的かつ有意義に機能し得る環境が整ってきたと塚越は説明する。
また吉村は“そもそも建築には著作権が発生しづらく、重要な図面を雑誌などで惜しげもなく公開するという傾向があり、建築家の活動と親和性が高かった” と、建築家の活動とオープン化の親和性が歴史的に高かったことを指摘している。
誰に向けてオープン化するのか?
続いて水野氏はデータのどの様な利用を想定しているのかについて尋ねた。
平成22年以降、新築を中心とした住宅政策から中古住宅を改修し流通させる方向へと方針転換がおこなわれ、中古住宅を購入した人の約半分がDIYを行っているというデータも存在している。塚越は“住環境を自らの手で整えたいという人は増えている” と説明し、そうした人達に向けデータを公開する意欲を示した。
それに対して吉村は、土木分野でのリバースエンジニアリングの発展について触れ、室内をスキャンし取合い等を調整できるようになれば状況は変わるかも知れないと理解を示しつつも、技術的なハードルが高いことを懸念した。
一方大野は”職人とのコミュニケーションツールとして自らが 活用したい” と述べ、協業を前提としたデジタルファブリケーションの活用という立場を改めて示した。
中央 : 水野祐 右 : 大野友資
方法の差こそあれ建築の領域では様々な知識が共有されていて、そうした知識をオープンにしたとしても、オリジナリティが軽視されることのない環境が 歴史的に培われていた。その上でARCH-ABLEの試みとは、デジタルファブリケーションの加工データをオープンにすることによって、建築の領域のみならず他分野の職人や一般のユーザーにもそうした知識を共有していこうとする試みだということができる。
建築家がデジタルファブリケーションを使うことの可能性とリスク
“身の回りの環境を官僚主義的にトップダウンで維持管理するのではなく、アドホックな公共性を実現できるかもしれない” 生産手段は乏しいが、地域固有の素材が豊な離島の環境にデジタルファブリケーションを導入することで、利用する住民らが自らの手で施設を維持・管理する、そうした公共性の在り方ができないか能作は期待を寄せる。
左 : 大野友資 中央 : 能作淳平 右 : 宮下淳平
ARCH-ABLEを介して一般ユーザーへ建築の知識を共有してゆくことが、もしかしたら公共性の在り方にまで影響を与えてしまうかも知れない。しかし、建築家がデジタルファブリケーションを利用することが新たな課題を生み出すことも考えられる。
“建築家が図面を描き職人がそれを元につくる従来の流れと、描いた線がそのままモノとなって現れるデジタルファブリケーションでは、一本の線が背負う責任の重みが全く異なる” 大野は、デザインすることとつくることが一繋がりとなることへの不安を表し、吉村もそもそもデジタルファブリケーションは、従来の建築家の職能をはみだしているかも知れないと共感を示している。
理念を表す設計図と、つくることを表す施工図が一体化していくと、設計側が施工の検証までおこなうことになり兼ねず、小さな組織にとっては大きな負担となる。しかし、例えばソフトウェアのオープンソースプロジェクトでは、そのデータの周りに集まる人々がデータ検証を行い、フィードバックをおこなうことでスピー ド感のある開発をおこなった例も見られる。ARCH-ABLEにおいてもそうしたフィードバックを可能にし、施工検証をおこなってゆくコミュニ ティの形成が重要になるのかも知れない。
オープン化の戦略
“単純にオープン化されるだけでは、データは有効に利用されない。オープン化は目的ではなく、手段であるべきだ。” 過去に数々のプロジェクトに関わってきた水野氏は短絡的なオープン化を危惧する。
大野はその立場に共感しながらも、あるアートディレクターがスニーカーをカスタマイズできるサービスNIKEiD を使い「あなただけの一足をデザインさせてください」とSNSで呼びかけたところ多くの応募が集まった事例を紹介し、“エクストリームユーザーの登場が、その展開の可能性を広げる” と語る。そして匿名ではなく、産地や顔の見えるオープンソースサービスに対する期待を寄せた。
NIKEiD : https://www.nike.com/jp/ja_jp/c/nikeid
水野氏はそうしたコミュニティを生み出すようなユーザーインターフェイス、そしてカスタマイズを許容しデータを公開するのであれば、どこまで建築家がデザインし、どの部分の変更を前提とするのかその線引きこそが重要になると指摘した。
どのようなものを公開してゆくのか?
最後にどのようなものを公開してゆきたいのか現状のイメージについて質問がなされた。
“一般化されたスケールではなく、個人の感覚から立ち上がる独特のスケールをもった家具や設えを生み出すベースをデザインできないか” 宮下は改変を許容するデータ公開だからこそ獲得できる質に興味を示した。
吉村は“売り物として出すようなものではないが魅力的な味をもつ、レストランの賄いのようなものこそふさわしい” と例をあげ、流通市場ではなく、データを流通させる枠組みだからできることに意識的であるべきだと延べ会を締めくくった。
左 : 宮下淳平 中央 : 塚越智之 右 : 吉村靖孝
今回の議論を通して、「ワークフローの刷新」 、「ジネラティブデザインの実装」 「アドホックな公共性の実現」 、「ヴァナキュラリティの再考」 といったプロジェクトの可能性を垣間みることができた。こうした論点は、データを介してデザインを流通させることで、既存の設計・生産・消費という分離を再編成することが可能にするものだといえる。そして、その境界が再編されたとき建築家が担うべき役割は何か というのが今後取り組むべき課題として残された。また既存の市場ではなくデータを流通させるからこそ提供できる質 についても今後考えてゆく必要がありそうだ。
2019年5月のデータサイトローンチに向け6組のグループは制作を進めてゆく。そこで示される作品を通し、今回残された課題について、引き続き議論を交わしてゆきたい。
写真 : 福田駿